Home > Tags > 種子島
種子島
田舎に泊まろう!
- 2008-09-22 (月)
- 管理人日記
21日放送の「田舎に泊まろう!」を見始めたら、種子島の「浦田海水浴場」らしき光景が一瞬映ったのでレコーダーのボタンをあわてて押しました。
録画した番組を見始めたら、冒頭の風景はやはり「浦田海水浴場」で、今年の7月末頃に家族で訪ねた場所です。子供のころにここの高波で何回も洗濯機状態になって遊んだことを覚えていたのですが、7月に行ったときにはそんなに波は高くありませんでした。しかし、この放送ではそこそこの高波がきてましたね。また行きたくなりました。
旅人の今村雅美さんが泊まられた場所は私が住んでいたころには自転車などでよく通っていた場所でした。まだ見ていない人もいると思うので内容を書くのは控えますが、「やっぱり種子島だなあ」と思うような旅になっていて、すばらしかったです。種子島に住んでいた、この春に亡くなった私の祖母を思い出してしまいましたが、これからも定期的に種子島には帰郷するようにしたいです。
- Comments (Close): 0
- Trackbacks (Close): 0
種子島
- 2008-07-30 (水)
- 管理人日記
4月に祖母が亡くなり、タイミング的に初盆に来るのも難しいので、今回の帰省を利用して墓参りをすることにしました。
当初は私一人だけ種子島へ行くことになるのかな、と思っていましたが、父が運転してくれることになったので家族全員で訪れることができました。
この写真はコスモライン社のロケットから撮影した佐多岬周辺で、少し東側から撮影したものです。残念ながら本土最南端の部分(左側)は欠けてしまっていますね。
錦江湾の中ではとても穏やかなんですが、予報では2m程度のうねりがあるということで、この外海に出たとたん揺れを感じるようになります。といっても、そんなたいしたものではないんですけど。
上陸後、レンタカーを借りて祖母が住んでいた家に立ち寄ったあと、墓参りしました。私の子供たちが種子島を訪れるのは初めてのことだったのですが、二人で掃除してくれたので祖母もきっと喜んでくれたと思います。それにしても、半端ではなく暑い。33度だったそうです。
その後、種子島総合開発センターに行ってみました。夏休み期間中ということで子供たちと付添人は無料入館できたので、大人一人分の料金で済みました。ここは昨日訪れた篤姫館とは異なり、ものすごく充実した内容でした。資料として展示されているものには、祖母の家にあったものと同じタイプの生活道具などがあり、非常に懐かしさを感じました。また、貴重なつまべに蝶も飼育されており、今回初めて(多分)その実物を見ました。とてもきれいでしたね。
その後、子供のころ弟とよく訪れた若狭公園に行きました。ものすごく暑いのですが、日陰にいると不思議に涼しいことを発見。なるべく影になったところを歩くようにしました。
ここはそこそこ大きな公園で、フルサイズの陸上トラックも併設されています。幼いころ、父がトラックで走るのを兄弟で見ていた記憶があります。もう35年近くも経過しているはずですが、これだけはつい最近のような気がしてしようがないんですよね。
若狭公園の展望台の下になかなかすごい崖が広がっていて、マウンテンバイクで下りたら、なんて考えていました。しかし、普段練習している崖よりももっと斜度がきついし、またかなり長いので途中で転倒してその後転がり落ちそうな感じです。斜度の緩いところをうまく斜めに降りられれば、と思ったりしましたが、さっと見た限りでは歩いて降りるのもきついでしょうね。次回はProphetでも持ち込んでこの広い公園のいろいろな場所を走ってみたいです。
最後に「浦田海水浴場」に出かけました。ここは水質が非常にきれいで、訪れる人もそんなに多くないです。それでも、新しくシャワーやロッカーなどの施設ができていました。
ここを最初に訪れたのは中学生のころだったと思います。非常に波が高くて、波の中に入ると洗濯機のようにグルグル回転するという体験もしました。今考えれば、サーファーのみなさんが移住してこられるのもわかります。その後1994年、今日と来たわけですが、この2回とも波は低かったです。
しかし、水の透明度はすごかったですね。左右を山に囲まれていますが、空の青と山の緑、水の緑から群青のコントラストが半端ではなく、自分の目がよくなったのではないかと勘違いするくらいでした。コンパクトデジカメの画質では色の抜けが悪く、その10分の1も表現できていないような気がします。この写真の左側にうっすらと見えているのは大隅半島だそうです。
でも、この海の色がエメラルドグリーンから群青色まで、海の深さにしたがって段階的に色が変わっているそのグラデーションは圧巻でしたね。
そういえば、この浜辺で行きの航行で同じ船に乗っていて、同じレンタカー会社から車を借りた女の人を見かけました。私たちよりあとに浜に入って、先に出て行ってしまいましたが、種子島は本当に狭い島なんだなあ、と妙に感心してしまいました(さらに、帰りの船も同じだったりして…。種子島というより鹿児島が狭いのか?)。
帰省のたびに訪れるのは大変かと思いますが、私の生まれた島です。機会を見つけては帰れるようにしたいと思いました。
- Comments (Close): 0
- Trackbacks (Close): 0
祖母と種子島
- 2008-04-22 (火)
- 管理人日記
少し気持ちの整理ができてきたかな。
14-16日、種子島に行っていました。
種子島は私の生まれ故郷で、離れたのが34年前。最後に訪ねたのもすでに13年前になります。
そして今回種子島に帰ってきた理由… それは大好きだった母方の祖母の葬儀に参列するためでした。
祖母はとても苦労をした人だったと、子供の頃から聞かされていました。しかし、私たち孫にはそんな経験をみじんも感じさせず、常に優しく接してくれました。特に私の場合、初孫であることもあってとてもかわいがってもらったことを覚えています。両親が共働きで夜勤もあったから、しょっちゅう預かってもらって、泊まったりしていましたね。
高校生になると本格的に部活を始めたので、夏休みなども大会や練習のスケジュールが詰まっていて種子島に帰ることもできなくなりました。大学のときに一度帰りましたが、この時が子供の頃のイメージの祖母を見た最後の機会だったと思います。その10年後の1994年に妻を伴って種子島を訪れたのですが、やはりすごく年老いた感じがしました。
私にはすごく後悔があります。なんでもっと積極的に機会を見つけて種子島に帰り、祖母に会いに行かなかったのだろうと。
今は両親とも離れてすんでいますが、できる限り帰省するようにしたいと思いました。
そして今年。祖母は95歳でその一生を終えました。もうこの島に祖母がいないと思うと非常に寂しいのですが、その反面、いろいろと気づかされることもありました。同年代のつきあいがある人たちがすでに亡くなっているにも関わらず、祖母の通夜・葬儀にはかなりの人が来てくれました。とても、ありがたかったですね。
それに、母の兄弟をはじめとする親戚がすごくよくしてくれて、長年会っていないいとこたちとも久々に交流することができました。相当ハードなスケジュールだったはずなのに、なぜか時間が非常にゆっくり流れているように感じたのです。さすがは種子島だと思いました。
今は叔父夫婦がすんでいる母の実家は、いくらか改修されているものの、ほぼそのままの面影を残していました。祖父が住んでいた部屋で皆が盛り上がっているときに、久しぶりに周囲を歩いてみたくて外に出てみました。墓地へ行き方を覚えていたのでちょっと寄ってみることにしたのですが、以前は祖母と一緒に参っていたこの墓地に、今度は祖母が入ることになったと思うととても複雑な気持ちです。
もう一つ残念なことがありました。祖母宅のすぐ近くに昔ながらのお店があって、そこのお兄さんは父や叔父ととても仲がよくしょっちゅう行動を共にしていたのですが、昨年亡くなられた、というのです。父よりかなり若かったはずですが…。95年に祖父が亡くなったときにお会いしたのが最後の姿になりました。
7歳の時にこの島を出たのですが、その時にこの島を出なかったら、私はその後種子島を出ることがあったのだろうか、と考えることがあります。本当に種子島が好きだったこともありますが、半分はここに祖母がいたからでしょう。今でも、いつかは戻りたいという気持ちがあります。
すごくしんみりした話になっていますけど、悲しさや寂しさがあるのと同じくらい、種子島があらゆる意味ですばらしい故郷で、いい時間を過ごさせてもらった、と思っています。
ばあちゃん、今まで本当にありがとう。
そういえば子供の頃、この最後の写真の場所で弟と釣りをしていて「エンゼルフィッシュ」を釣ってしまったことがありました。あれはびっくりしましたが、今でも釣れたりするんでしょうかね?
- Comments (Close): 0
- Trackbacks (Close): 0
Home > Tags > 種子島
- Search
- Feeds
- Meta
