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2003-12

日本初の世界チャンピオン

日本初のボクシング世界チャンピオン、白井義男さんが26日、80歳で亡くなられたそうだ。
私は運動神経が鈍かったためもあって、格闘技に関しては人一倍興味が強かった。

白井さんについて私が知ったのは、1980年に私が購入した『ものしりクイズ 大事典』に「日本のボクシング史にのこる初の世界王者!!」と紹介されているのを見たときだった。タイトルを奪取したのが昭和27年とのことなので、戦後の日本を元気づけた代表的な日本人の一人だということができるだろう。
白井義男さんのご冥福をお祈りいたします。

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ブロードバンドルータ

私の自宅のインターネット環境は、有線ブロードネットワークスが提供するBroadGate 01というサービスを利用していて、比較的恵まれた環境にあります
この高速回線を導入した当初はまだWindowsマシンを利用していましたが、ブロードバンドのスピード計測サイトの測定結果は非常に良好で、92Mbps(下り)くらいが平均だったと思います。調子がいいときにはなぜか102Mbpsなんて数字が出ることもありました。

しかしながら、マシン直結という方法はセキュリティ的にも心配です。Norton Internet Securityのログをみると、かなりの割合で覚えのないIPアドレスから、あらゆるポートにアクセスがあったことが記録されています。
このことから、やはりADSLサービスを利用していたときのように間にルータを設置するほうがよいだろうと考え、さまざまな製品を検討してみました。しかし、100Mbpsの速度をフルにサポートするブロードバンドルータは見つかりません。そんな中、BUFFALOの製品が88Mbpsというスループットを実現しており、しかも実売1万円ちょっとという低価格で販売されている、というではありませんか。スループットの最大値が100Mbpsを割ってしまうことは残念ですが、とりあえずこの製品に決め、購入することになったのでした。
その後、メインマシンがPower Mac G4になったあとも、このルータを使い続けています。この製品、販売期間の後期にはなぜか最大スループット98.7Mbpsで宣伝されるようになっていました。ファームウェアのアップデートでスループットが上がっていったのでしょうか?

本日、以前利用したのと同じ計測サイトで改めて計測してみました。PowerMac G4 867MHz Dual + BUFFALOのルータで、44Mbps前後のスピードが出ています。
私がBroadGate 01に加入した当時、このマンションでこのサービスに加入しているのは私だけでした(つまり私が管理組合の会合に出向いて、導入工事に関する説得を行ったのです)。しかし、今では複数の人が加入し、利用しています。以前に比べてあまり高い記録が出ないのは、ルータをかませているだけではなく、そんな理由もあるのかな、と軽く考えていました。
そういえば、PowerMacにしてから直結のスピードを測定した記憶がありません。そこで、先ほどインターネット接続LANケーブルをマシンに直結して測定してみたのです。するとなんと、82Mbpsも出ているではありませんか! スループットが半分近くに低減してしまうのは、やはりルータの影響が大きいんですね。
その後、しばらく直結状態でWebブラウジングをしてみると、ページの動きが明らかにきびきびしていることが分かります。ルータを1つかませることで、マシンからリクエストを投げてから、リスポンスが完了するまでの間の時間にも影響するのかな?
44Mbpsでも結構贅沢な環境なのでしょうが、82Mbpsも出ているような高速回線を半分しか使えていないという現状は、なんか釈然としません。ルータの最大スループットである88Mbpsのちょうど半分だし。
ルータ購入後、すでに1年以上が経過しましたが、FTTHの加入者数も急増している状況で、ADSLも非常に速くなってきていますから、ブロードバンドルータの性能もその後進歩してきているのでしょうか? もっと速い一般向けのルータがあるのだったら、そちらに変えたいと切実に願う今日この頃。

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今度はチューブ

昨日、ラバーバンドの残った切れ端でいくつかの動作を試していたら、ちょうどラバーが傷む瞬間を目にすることができた
右足の下にラバーバンドを敷き、反対側を右手に絡めて握り、片手でのサイドレイズという動作を行っていたときのことだった。右手を肩より高い位置まで持ち上げる過程で、右足の外側の部分に「メリメリ」という異常な感触があったため、すぐに運動を中止した。すると、バンドの縁の部分がこすられたような感じになり、ジグザグに裂けているのが見て取れた。

傷のできかたからみると、バンドが伸びる際に右足の外側の部分でこすってしまってできた小さな傷が一気に拡大したというような感じだ。運動前に傷がないことは確認していたことから、やっぱりこのラバーバンドは寿命のようだ。わずか2週間ほどの命であった。

そこで、今日は同じメーカーのセラ・チューブという製品を購入してきた。前回購入したグリーン(+1)のレベルに対して、今回はブルー(+2)のレベルを選択したが、チューブタイプは平面のバンドタイプに比べて若干安価なようで、2000円とのことだった。また、同じ+2のレベルでも、チューブのほうがバンドタイプより若干ながら反発力が強いそうである。
私の場合は、上半身の運動を行う場合座位で行うことも多く、ストッパー代わりにバンドをおしりの下に敷いて使っていた。この点からは、硬い円形のチューブよりバンドタイプのほうが不快感は少ないかもしれない。しかし、見た目や触った感じからは、チューブのほうがゴムが分厚く、丈夫そうにみえる。

今日は早速、肩、胸、上腕三頭筋のエクササイズ+腹部のエクササイズに用いてみたのであるが、少し強度が高い分、バンドタイプのときより無理に引き延ばす必要もなく刺激を得ることができた。おしりの下に敷くときは、懸念した通り若干の違和感はあるものの、バンドタイプと変わりなく刺激を加えることができたと思う。むしろバンドタイプに比べてチューブ自体の堅さがあるためか、握ったときの締め付け感も少ないように感じた。

ただ、壁の留め金とかを使わず、自分の姿勢だけで胸を刺激するにはまだちょっと負荷不足の感じがある。腕立て伏せ専用のチューブなどを利用するとよいかもしれない。

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ラバーバンド エクササイズ

ここのところ、自分自身の筋力トレーニングプログラムとして「ラバーバンド」を用いることが多くなった。ここ数年は、自重や自己抵抗を用いる場合が多かったのだが、最近はラバーバンドを使った筋力トレーニングを重点的に行っている

ゴムチューブやラバーバンドを使って行うエクササイズを、自分の筋力トレーニングのメインに置くことには正直なところ抵抗があった。なぜなら、私が過去に参加した講習会とか、日本で市販されている書籍で紹介されているプログラムは、「ダンベル体操」のように筋力トレーニングとしてはアンダーワーク(筋力を強化するのに必要な負荷未満)気味に構成されていることが多かったからである。
また、自分自身に必要な「パフォーマンスを維持するため」のトレーニングとして、適切かどうか、という迷いもあったのだと思う。小山裕史先生が『新トレーニング革命』(講談社)で紹介されていた「初動負荷理論」の影響もあり、終動負荷がかかるラバーバンドは、私にとってあまり適切な手段でないように思えたのだ。
しかし、先日、ICOでDST(デジタルストレングストレーニング)の記事を書いていただいた山田さんから、チューブトレーニングの有効性を教えていただいたことで、私も自分のエクササイズに取り込んでみようという気持ちになった。
今回は、セラバンドを購入してみることにした。これまで参加したチューブトレーニングの講習会ではこの製品が必ず使われていたからである。妻と共用する予定があることもあり、-2〜+5まであるレベルのうちのちょうど真ん中である+1の強さを持つグリーンのセラバンドを購入してみた。
添付されている説明書の種目にも一応目を通してみたが、ちょっとどうかな、という感じだったので、種目のフォームや選択は自分で考えることにした。
そのまま使うと負荷が軽いため、部位によって二重〜三重にするなど使い分けてみた。肩や腕については、私の場合それで非常にいい刺激を得られ、3セット程度行うとバーベルやダンベルのように肩や腕がパンプアップしてくるのが分かる。胸や背中、脚などについては刺激不足で、バンドの選び方や種目の行い方をもう少し検討する必要があるようだ。サイドレイズのような、低負荷でよい運動はセラバンドを重ねずにそのまま使ったが、20cmのものを120cmくらいまで6倍にも伸ばすような運動になるので、バンドの耐久性がちょっと心配になってしまう。
バーベルやダンベルのような器具を用いて筋力トレーニングを行う場合、少なからず場所を選ぶことになる。しかし、ラバーバンドやチューブの場合、手軽に持ち運べて、出先などの短い時間に集中して行えることが利点となる。運動指導の面でも導入の行いやすい器具の一つだと思う。今回山田さんからアドバイスをいただいたことで、自分用のエクササイズとして真剣に取り組んでみたことで、きちんと行えば相応の負荷も得られることが分かった。
そのようなわけでこのエクササイズを2週間ほどやってみたのだが、一つだけ困ったことが起こってしまった。
肩、特に三角筋の後部をトレーニングするために、二重にしたセラバンドを左右に広げる運動を行っていたときのことである。
「パーン」
という大きな音を立てて、いきなりセラバンドが切れてしまったのだ。
立位で行う運動だったことや、切れるタイミングなどからからだを痛めることはなかったが、もしこれがロウイングのような運動を行っていたらどうだろう? 場合によっては腰を痛めるようなことがあったかもしれない。
原因はいくつか考えられる。
(1) バンドの強度レベルの選択ミス
(2) 使用前の点検不足
(3) 使い方(20cmのものを120cmに伸ばすなど。(1)に関連)
それにしても使った期間はわずか2週間ほどである。+1のレベルのバンドで1本2000円と決して安くない。部位別に何種類かそろえるつもりであったが、月に2本をダメにしてしまうようなペースではコストの面で問題があると思う。私は、フィットネス関連ショップで購入したが、ディスカウントショップではもう少し安く売られているようなので、今後は後者で購入することも検討しようと考えている。
また、山田さんから紹介していただいたチューブは海外通販で売られている別のメーカーのものだった。海外通販を利用する自信がなくてつい楽なほうに走ってしまったが、こちらには腕立て伏せに負荷を与える器具など、さまざまに工夫された器具が安価で販売されている。次は素直にこちらを選ぶべきか。

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TVっ子?

私が一人暮らしを始めたのは、1984年の4月だった。最初の1年間は、静岡県三島市の三畳一間の部屋に下宿をしていた。お金がなかったこともあり、このとき私が持っていた家電製品は中古で購入したラジカセが一つだけだった…。まあ、お金がないのはお小遣いをためることもしないで、バーベルやダンベルなどのトレーニング器具、格闘技の本やブルース・リーの本などを買いまくっていた自分が悪いのだが…。

ここには他に5人の同級生が住んでいて、そのうち3人はテレビを持っていた。おかげで、どうしてもみたい番組があるときは、彼らの部屋に行って見せてもらうことができた。
当時の下宿生の中には、SONY製のBetamaxというビデオデッキを持っている、ちょっとリッチなやつがいた。当時、ブルース・リーの未公開フィルムを収録したビデオがレンタルされていたことがあり、彼に頼んで見せてもらったことがある。これをきっかけに「自分専用にTVとビデオがあればどんなにいいことか」と考えるようになってしまった。この当時の悶々が今の私の強力な物欲を形成してしまったのかもしれない…。

翌年は東京に移り住み、ほぼ毎日のようにアルバイトをすることができるようになった。それによって、私にはわずかではあったが余裕ができた。
通常ならここで、まず電話を引いたり冷蔵庫を買ったりするところなのだろう。しかし、24回分割で私が購入したのは、Victor製のVHSビデオデッキだった。この製品のCMには石原真理子(現真理絵)さんが出演していて、主要な駅のほとんどに大きなポスターが貼られていたことを記憶している。
購入後、意気揚々と自宅に持ち帰ったのは良かったが、自宅で私を待っていたのは悲しい現実だった。
「テレビがない!」
本当にバカタレ。もうテレビを買う余裕などない。途方に暮れつつ、外に食事に出たのだが、その帰り道、近所のゴミ捨て場に14インチ弱くらいの小さな黒いテレビが捨ててあるのを発見! そのテレビに白いマジックインキで書かれている文字をみると、どうやら近所の個人病院に置かれていたものらしい。小躍りした私は、それを両手に抱え、アパートに持ち帰ったのだった。
早速コンセントにプラグを差し込み、いざ電源オン! すると強烈な「砂の嵐」が…。このテレビには、ラジオのような伸縮式のアンテナが付属していたらしいが、その留め金しか残っていなかったのだ!
一難去ってまた一難。私があたりを見回すと、クリーニング屋からもらってきた針金のハンガーが目にとまった。そこで私は、このハンガーのフック部分のコーティングを破いて、テレビに残されていたアンテナを止める金具に挟んでみた。この金具が回転式であったので、取り付けたあとハンガーの向きを変えるのは容易だった。角度を調整していると、見事に画面に映像が現れたではないか!
「わーい」
と喜んだのもつかの間だった。なんとこのTVは年代物の白黒テレビだったのだ。正直、白黒のテレビは1985年当時でも非常に珍しい存在だった。
まあ、それでも見えないよりはマシ。このテレビは私固有のものとしては初めてのテレビ受像器となった。
私が家にいる間は、このテレビとビデオデッキは常に稼働していたような状況だった。再生されていたのは、友人がテレビから録画した「ドラゴンへの道」というブルース・リーの作品。何百回繰り返しみたことだろう。白黒で…。

数ヶ月後、アルバイト先の上司が訪ねてきて、私の白黒テレビに驚いた。そして彼は、「14インチのカラーテレビを5000円で譲ってやる」といってくれた。時給530円の私には5000円は大金。
「タダでください」
と交渉したものの決裂。それでもカラーテレビの魅力に耐えきれず、給料日にお金を入れるという約束で、数日後に譲ってもらうことになった。これが私にとって2台目のテレビとなる。
1985年の夏のこと。ジャッキー・チェンが主演映画「大福星」のキャンペーンのため、「笑っていいとも!」に出演するという。例の上司に「仕事を休んでもいいから、あの番組に出演してこい!」と命令され、オーディションを受けたことがあった。プロの人たちがたくさん来ていたので、ちょっと無理かと思ったが、運良く受かり、ジャッキー・チェンと一緒にテレビに映る、というまたとない経験ができたのだ。室内アンテナの不調で画質が悪かったことが悔やまれるが、このときのビデオは我が家の家宝となっている(…ウソ)。ジャッキーに会えたのも、当時ビデオをカラーテレビで見ることができたのも、すべてあの上司のおかげといえるだろう。

その後しばらくして、夜中に外を歩いていると、近くの粗大ゴミ置き場になんと20インチの大型テレビが無造作に捨てられているのを発見した。タッチチャンネル化されて間もないころの木目調のデザインで、ステレオスピーカも装備されているので1970年代末の製品だろうか? その日はそのあまりの大きさに持ち帰りを断念したものの、翌日に改めてそこに行ってみると、そのテレビは雨に濡れながらもまだ放置されている。まるで
「連れていって」
と私に話しかけているようだった。
意を決した私はそのテレビを抱え上げた。確かに重くて持ちづらいが、アパートまでは100メートルくらいだ。なんとかなる。
アパートに到着すると、とりあえず外側のぬれている部分についてはきれいに拭き取ってみた。デザインは古いが、とてもきれいなテレビであった。
だか、よくよく冷静に考えてみると、こんな捨てられ方をしているくらいなのだから、このテレビはどこか故障しているのかもしれない。だとしたら
「また捨てに運ばなきゃいかんのか!」
プラグをコンセントに差し込んだあと、私は祈るような気持ちでスイッチを入れた。すると、とてもきれいに映るではないか!
見事にこれが私の3台目のテレビとなった。当時の私にとって、20型ブラウン管は超大型。今日までを振り返ってみても、最も満足度が高かった持ち物の一つだ。
外から拾ってきたものはこれが最後だった(将来はどうなるかまだ分からないが…)。今では、粗大ゴミは申し込み制になっていて、それを勝手に持って行ってしまうと窃盗罪だ。あのころは、私にとってはいい時代だったのかもしれない。

その後社会人となり、89年にはテレビを三菱の29インチに買い換えた。これが4台目。先代は、まだまだ問題はなかったのだが、当時の新製品の魅力に負けてしまったのだった。先代は友人の希望で譲ってあげることにしたので無駄にはならなかった。
この4台目のテレビは長命で、今年の2月まで13年以上も現役だったのである。このころにテレビを購入した友人が何人かいるが、みんな一様に10数年使ったといっている。当時の製品は総じてしっかり作られていたのかな?
この4台目も本当は地上波デジタル放送が本格化するまで現役でいてほしかった。しかし、今年の初めに当時1歳の次男坊がスイッチをカチャカチャやってしまったために、残念ながら調子が悪くなってしまった。50回ぐらいスイッチを押さないと稼働しなくなってしまったため、あきらめて5台目の購入を決意した。

私自身は平面テレビの魅力は感じていたが、別にブラウン管のものでもしかたがないと思っていた。同程度の性能だと価格が倍も違うのだ。
しかし、部屋が狭いという問題もあって妻のほうから「プラズマか液晶がいいのでは? 」と提案してきたのだ。財布のひもが堅い彼女が買う、といっているのだからこれはチャンス! SONY製の「KE-32TS2」という機種を購入することになった。
32インチということでプラズマディスプレイとしては小型だが、同じインチ数でもブラウン管より大きめで、私たちのリビングにはちょうどぴったりだ。
現状の地上波放送を見る分には、先代のブラウン管のほうがはるかにきれいだった。動きがある画面だと、黒い粉のようなノイズが入るし…。それで少しだけ意気消沈したものの、のちにHi-Visionチューナをつないだところ、いっぺんに目が良くなったような錯覚にとらわれるほどきれいに感じた。これは本当によい買い物をしたと思っていたのだが…。

非常に長い前置きになってしまったが、実はここからが本題。
それは昨日の夕方に起こった。風呂上がりの長男がテレビのスイッチを入れてしばらくすると、いきなり「バーン」という大きな音がしたという。気づいたら、いきなり何も映らなくなってしまったのだそうだ。
忘年会に参加していて夜中に帰ってきた私はこの話を妻より聞き、いろいろな面での確認を行ってみた。音は出るのに、本当に画面はまったく映らなくなっている! 購入してまだ10ヶ月も経たないのに、大ショック以外のなにものでもない。
今まで使ってきた各ブラウン管テレビは非常に長命なものだった。初代の白黒も拾った当時で15年以上稼働していたのではないか。3代目も10数年は生きながらえていたはずで、それでもきれいな画質を保っていた。4台目も今年の初めまで13年以上現役で活躍してきた(次男坊のいたずらがなかったら、きっともう少しがんばってくれたはずだ)。それなのに、最新のプラズマディスプレイがなんたるザマか! このままではとても年末年始を乗り切ることができそうにない。

今朝、妻が購入した新宿のヨドバシカメラに電話をかけていた。しかし年末年始の忙しさからか、何度かけてもつながらなかった。
そこで、SONYのサポートセンターに電話をかけたところ、数回でつなぐことができた。そして15日には出張修理サービスによる修理が行われることになった。保証期間内だったので無料である。
今日、明日はテレビを見られないが、まあ2日間ということで許容できる。とりあえず、それで直ってくれればいい。
しかし、気になるのは画面が消えるときのあの「パン」という音だ。テレビの前にいた子供だけでなく、玄関にいた妻にも聞こえたそうだから、そんなに小さな音ではないのだろう。修理しても、また「パン」と逝ってしまうのでは困ってしまう。

そういえば、特にひいきにしているわけではないが、SONY製のAV機器はこれまでに結構購入している。
まずは、1989年に先代の三菱製29インチのTVと同時に購入したレーザーディスクプレーヤー。不調ではあるが、あまり使っていないこともあってとりあえず現役。早めに過去の資産をDVDなどに移す必要があると考えているところ。
次に、同じく1989年の暮れに大阪で購入したED Betamaxのビデオデッキ(EDV-7000だったかな)。購入して数ヶ月で片方の音が出なくなるというトラブルが発生した。これについては少し稼働させたあと、右側を5mmほど持ち上げて、すとんと落とすと音が復活するという訳の分からない故障だった。故障発生時に大阪を離れていたので、修理に出すタイミングを失ってしまったのが残念。今では鹿児島の実家で余生を過ごしている。
1992年の暮れには新婚旅行を前に、Hi-8のビデオカメラを購入した。これは3年目におかしくなり、修理に出した記憶がある。今ではまったく使えない状態で、過去の映像を見る機会を失ってしまっている。修理すべきかな…。
さらに、ED Betaの最高峰、EDV-9000というビデオデッキ。これは3年目くらいから画面にノイズが入るようになり、これはクリーニングテープを使っても解決することができない。今ではテープの出し入れがほとんど不可能になり、修理に出そうかどうか迷っているところ。Betamaxが昨年製造中止になったことを考えると、今のうちに過去の資産をDVDに焼いてしまわないと困ったことになりそうで…。
1996年には、VX-1000という、放送局でも使われるようになったデジタルビデオカメラを購入した。こいつも購入後数ヶ月で録画したデータにブロックノイズが入るようになり、その後少しずつ中央部から曲がってしまって修理に出すことになってしまったのだった。しかし、SONYのほうからは外力がかかったことが故障の原因と判断され、数万円の修理費が必要となってしまった。
修理後、このカメラは売却し、パナソニックの小型カメラに乗り換えた。画像がきれいだっただけに、惜しいことをしたような気がする。

そして、今回のプラズマテレビ。SONY製品とのつきあいは、故障とのつきあいだったようにも感じられる。保証期間内に壊れてしまったのも3台あるし。
それでもなぜか、SONYのAV機器にはとても魅力があるのだ。今回のプラズマディスプレイにしても、妻は隣に置いてあったSANYOの製品がいいと主張していた。しかし、私は
「買うならSONY!」
といって譲らなかった。でも、もしSANYOにしていたら、今頃年末年始にテレビを見られないかもしれないという恐怖にさらされることはなかったのかもしれないが…)。また、ビデオカメラもHi-Vision対応が出そろったら、SONYを選択することになるだろう。

今回修理が完了したら、プラズマテレビくんにはせめて3年は稼働してほしいと思っている。今後は決して「パン」という大音響とともに逝ってしまうことがないように…(でもこの音だけは気になるなぁ)。

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Macでモバイル

私が主に外出先で利用しているモバイルPC、FMV-BIBLO MC4/45Cも、その発売時期からすでに3年半近くが経過しました。もともとのスペックが高くなかったこともあり、最新のソフトウエアを導入して利用していると、その動作の緩慢さへの不満が募っていきます

このFMV-BIBLOは、一度Windows XP Professionalをインストールしたことがあったのですが、かなり重くなってしまうことと、Service Pack1を導入してしまうと起動しなくなるという問題があり、現在はWindows2000で利用しています。
それでも、セキュリティソフトウエアは年々重くなり、IMEの機能も肥大してきていたりするためでしょうか? 動作はかなり緩慢になってきています。
1.4kgのモバイルノートパソコンで最後の親指シフトノートキーボード搭載機なので、この先何年も利用していく気持ちに代わりはありません。同型機種がYahoo! オークション何回も出品されているのですが、落札金額は20万円にも届こうかという勢いです。Celeron 450MHz、最大搭載メモリが192MBというマシンなのですが…。必要とする人にとっては本当に貴重なマシンとなっているんですね。
そのとき、私の自宅にはもう1台のモバイルマシンがあることに気づきました。それは、2年ほど前に発売されたiBookです。一応、妻の専用機となっていますが、現在ほとんど使われていません。2kg強と、FMV-BIBLOと比べて少し重くなりますが、Power PC G3 600MHz、メインメモリが384MBと、FMV-BIBLOをかなり上回っています。それに、モバイルでMacを利用するのもなかなかいいもんじゃないかと(??)。
と思ったのもつかの間、このiBookをMac OS 10.2で利用すると、動作は非常に緩慢で、BIBLOよりも体感的に遅く感じるほどだったことを思い出してしまいました。ハードウエアスペックはかなり上なのに…。
そんなことで一瞬あきらめかけたんですが、メインマシン(Power Mac G4)を10.2から10.3(Panther)にアップグレードしたとき、動作が非常に快適になったことを考えれば、iBookにも相当効果があるような気がしました。
そこでiBookを10.3にアップグレードしてみました。
iBookでも、Pantherは確かに速くなりました。OSを動かすというレベルではFMV-BIBLOより速いとは言い難いのですが、メモリを積んでいるせいか、アプリケーションは快適に起動し、動作しているように感じます。
Mac OS 10.2はシンプルでなかなかいいOSだと感じていたのですが、10.3を使ってみると「あまり完成度が高いOSではなかったんだな…」という実感があります。旧ICOの秘密のコーナーでも書きましたが、その速度の遅さやOSのインターフェース、アプリケーションの不安定性などから、Windowsから乗り換えてきたメリットはあまり感じられない旨の感想を書いたことがあります(むしろ、後退と感じられる部分が多かった)。しかし、Pantherを使ってみて初めて、Macに乗り換えて良かったと感じられるようになりました。
とりあえず、iBookもPantherが入ったことで、このマシンを使えるかどうかの検討ができるようになりました。
しかし、重要なことが一つあります。iBookで親指シフト入力を快適に行えるかどうかです。
そこで、Mac OS X用に有志によって配布されている”Tesla”という親指シフト入力を可能にする拡張ソフトをインストールしてみました。
これにより、英数キーを左親指シフトキーに、スペースを右親指シフトキーに設定し、実際にタイピングを行ってみました。
右親指キーを打鍵しようとするときに、どうしてもその右隣にある「かな」キーを押してしまいがちでしたが、これは慣れでなんとかなりそうです。しかし、キーボードがかなりペコペコしているため、高速に入力するのはかなりつらそうな感じ…。
私は、英語とかなをかなりの頻度で切り替えて使うほうですが、この切り替えはFMVでもメインマシンでも、aキーの左隣にあるキーを利用しています。しかし、iBookでは左親指キーの位置にあるキーを押さなければなりません。また、親指シフトキーボードでは、左親指キーの下にある無変換キー(BIBLOでは左親指シフトキー)を押すとIMEのモードが日本語入力に切り替わるのですが、iBookではその位置にある英数キーを押してしまうと、逆に英語になってしまいます。これはさすがにちょっとつらい。他のユーティリティやATOKの設定などを複雑に組み合わせないと、これはちょっと快適な環境は作れそうにありません。
ローマ字入力も試してみましたが、やはりストレスがたまります。なにより、そんなことをしたら、親指シフトでモバイルを操作したい私にとっては本末転倒ではありませんか。
こうやって、Macでモバイルという夢は、現状では大きく崩れ去ってしまうのでした…。

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K-1 グランプリ2003

 まだ勝敗の結果を見ていなくて、これからビデオを見ようというような人は、この先読まないでくださいね。

武蔵選手。K-1 グランプリ2003の準優勝、おめでとうございます。日本人選手がK-1(ヘビー級)で準優勝したのは、1994年の佐竹選手以来です。
武蔵選手のファイティングスタイルについてはいろいろな意見があるようですが、私個人としては武蔵選手が自分自身にとって最もいい戦い方をしているように見えます。
今日は彼の戦法がとても冴えていて、不調でも強烈なフックを放っていたレイ・セフォー選手を封じ、優勝候補のアレクセイ・イグナショフ選手を破って勝ち上がってきたピーター・アーツ選手を破りました。
決勝では1回戦、2回戦と1ラウンドでKO勝ちをしてきた好調なレミー・ボンヤスキー選手とぶつかりました。武蔵選手は、そのボンヤスキー選手の得意の膝やハイキックを見事に封じていました。判定負けこそしましたが、本当に価値のある決勝戦進出だったと思います。
「日本人は強い」。彼は自身の言葉を今回のグランプリで証明することができました。
これからの武蔵選手が楽しみです。ご活躍を期待しています。

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