Archive for 11月, 2003

コメントは受け付けていません。

プリンタ買い換え


2003
11.24

1990年代後半は、Windows95の発売があり、パーソナルコンピュータが一般家庭にも広く普及していきました。
毎年PCやプリンタなどの周辺機器のスペックはどんどん高くなって、新しい物好きの私はいつも購買意欲に悩まされていたものです。

特にプリンタは毎年毎年、画質がきれいになっていくので、常に買い換えたい周辺機器の第一候補になっていました。
振り返ってみれば、初めてデスクトップパソコンを購入した1994年暮れ頃には、EpsonのMJ-700V2C、97年にはPM-2000C、2000年にはPM-900Cと、約3年ごとに買い換えていたことになります。
しかし、2000年にPM-900Cを購入してからは、あまりプリンタを買い換えたい、という気持ちは薄れていきました。もう、ほとんど各社の画質の差がなくなってきていたことが第一だと思います。
ところが今年は大きな変化がありました。エプソンが顔料インクを用いた、耐候性に優れた機種をラインナップしてきたからです。
今年の夏、家内の実家を訪ねたところ、3年ほど前にPM-900Cで印刷した長男の七五三の写真を部屋に飾っているのを見つけました。その状態が極めて悲惨だったのです。額に入れて飾っていたにもかかわらず、写真は黄色や緑色に劣化して、見る影もない状態でしたから。
だから、エプソンの「つよインク」シリーズは私にとってとてもインパクトがありました。また、PM-900CはMac OS Xに完全には対応しておらず、縁なし印刷などもできません。これまで3年ごとに買い換えてきたし、いいタイミングかもしれません。
発売当初よりすでに1万5千円近くも値を下げてきていたこともあり、私は最上位機種で顔料インクを採用した「PX-G900」を選択しました。

さて、自宅で印刷してみた印象ですが、比較のためPM-900CとPX-G900で同じ画像を同じモード、同じソフトで印刷してみました。
まず、普通紙ですが、やはり顔料インクのPX-G900のほうが少しメリハリがあります。ただし、PM-900Cのほうが階調表現などはなめらかで、PX-G900は陰の部分の黒のドットが結構目立ってしまうように感じます。
また、PM-900CのほうをPM写真紙で、PX-G900のほうを顔料インク用の光沢紙で最高品質の印刷を試みてみました。やはり階調表現は、フォトインクや、発売当時この機種のみが採用したダークイエローを搭載していることもあってか、PM-900Cのほうが微妙になめらかな気がしました。ただ、色合いなどはドライバに任せて印刷してみたところ、PX-G900のほうが画面に近い色で出力されているようです。
画質面で見れば、この3年間の進歩はさほど大きくないように思えます。しかし、今回私にとって大きいのはインクが各色独立になったことと、出力した写真が色あせる危険性が少なくなったこと。
顔料インクという新しい世界を切り開いたことで、この世界での画質の進歩がまた始まるのかもしれません。とりあえず、3年間はこのプリンタのお世話になりそうです。

コメントは受け付けていません。

リンク集


2003
11.23

今、サイトのリニュアルに伴い、通常のHTMLに書いていたリンク情報をXOOPSのデータベースに移す作業を行っています。

今回は、リンクがつながっているかどうかの状態を一つずつ確認しながらの作業になっています。古くからのサイトが今も現役で存続していたりするのをみると、とてもほっとします。反面、つながらなくなっていたり、ドメイン名が無効になっていたりするのを発見すると、少々寂しい気持ちにもなります。
中にはつながらなくなっていても新しいサーバに移転していたり、新たにドメインを取得していたりするケースもあると思いますが、完全に閉鎖したサイトもあるのだと思います。中には会社ごと存在しなくなってしまったようなケースもあったりするかもしれません。
このサイト、ICOだって、私の個人的な趣味で開いているサイトです。もし、私が死んだりしたら、きっとそこで終わりなのでしょう。まあ、それが個人サイトの寿命であり、役割であり、運命なのかもしれません。
もう少しでリンク先を移す作業も完了です。この連休でできるかな?

コメントは受け付けていません。

16年という歳月


2003
11.18

1987年ごろの話ですが、私は中国武術の練習に参加していました。当時私たちが練習していたのが、飯田橋にある公園。この公園の存在が無性に懐かしくなり、久々に訪ねてみることにしました。

ところが、今となってはその公園の名前すら思い出せません。ただ、練習場が池袋に移るまで、半年も通った公園ですから、その場に行けば少しずつ記憶を掘り起こしていけば、きっと目的の公園にたどり着くことができるでしょう。

自転車でJR飯田橋駅西口の周辺に行ってみました。非常に懐かしい。駅の様子はほとんど変わっていません。これなら見つかるだろう、と思って駅に立ってみましたが…。そこからどうやって公園に行ったか、まるで思い出せないのです。右に行くのか、左に行くのかすら思い出せないぐらいで。とりあえず、右側にいくと神楽坂で、その周辺をみんなで歩いた記憶が断片的にあるので、そちらに向かってみることにしました。
ところが、この坂を途中まで登ってみても、何も思い出さない!

少し前、「アングラ」というテレビ番組だったと思うのですが、70年代〜80年代のアイドルのみなさんが、上京後に初めて住んだマンションなどを捜し当てる、というような企画をやっていました。その番組を見ながら「そんなの普通覚えているでしょ。なんで忘れるの?」なんて突っ込んでいたものですが、いざ自分のことになってみると「分からない!」。やっぱり16年の歳月は大きかった! アイドルのみなさん。本当にゴメンナサイ。
結局、自転車で40分ほど走ってみたものの、思い出せる風景がなく、見つけることができませんでした。もう、自宅で調べた後、改めて出直すしかありません。

自宅に帰るとすぐに、1987年ごろの「武術」雑誌を探しました。確か、そのころの雑誌の案内で道場を捜し当てた記憶があるからです。
しかし、残念ながら、そのころの「武術」雑誌は、私の先生の関連記事があるものを除きすべて廃棄していて、見つけることができませんでした。
仕方なく、地図サイトで当てずっぽうに探しますが、どうしてもわかりません。

半分あきらめの気持ちになっていたとき、先輩方と歩いていた風景がふと頭に浮かびました。そのとき、先輩の一人が、
「先生はこの学校で日本語を教えていたことがあるんですよ。地下室で小念頭(型の名前)の練習をしていたとき、お化けが出てきて困った、といっていました」
と私に教えてくれたことがあったのです。
なんだっけ。あの学校の名前。中華学院? 日中学院? 改めて地図サイトで検索してみると、後者に相当すると思われる建物が見つかりました。なんと、散々探した西口は見当違いで、東口のほうだったんですね。でも、本当に西口の記憶しかなくて…。
さらにGoogleで調べると、その建物の一部が日中学院として使われているらしく、ここで一気に記憶がよみがえってきたのです。
次は公園を探します。近くに運動場のようなものがありました。しかし、この周辺には運動場がたくさんあります。地図で散々迷った挙げ句
「ここだ!」
とようやく確信を持てる場所に行き当たりました。その公園の名前は後楽公園というらしいのですが、名前に関してはさっぱり記憶がありません。しかし、周囲の道路や公衆トイレの特徴、形などから間違いなさそうです。

数日後、地図で見た後楽公園に向かいました。ようやく、16年前に見た景色の記憶がよみがえってきて、迷うことなく公園にたどり着きました。
本当に懐かしい。16年前は燃えに燃えまくって、この公園に向かっていたのでしたが…。
公園はずいぶん様変わりしていました。少し高くなったところにあったベンチはいつのまにか公園の地面と同じ高さになっていました。というか、地面のほうが高くなったみたいで、上の道路との段差もかなり低くなっていました。
私が蹴り折ってしまった(ゴメンナサーイ)木の支柱もすべて撤去されていて、公衆トイレもとてもきれいになっていました。
上の道路からの見通しもよくなりすぎていて、今、あの公園で練習するのはちょっとつらいかもしれません。当時でも、よくお巡りさん数人に囲まれることがありましたから。

今は、明らかにあの時のハングリー精神を失ってしまっています。私も原点に帰って、反省しなきゃならないなあ。

コメントは受け付けていません。

こどものサッカー大会


2003
11.03

すでに昨日になってしまいましたが、小学校低学年のサッカーの地区試合がありました。この大会に小学校2年生の長男が出場するので、ほぼ1日、観戦に行ってきました。

私が長男と同じ小学校2年生のころ、というと鹿児島県の種子島という島で生活をしていましたから、特に何らかの運動を習っていなくても必然的に多少はからだを動かすことができる生活だったと思います。
それでも、本当に中学校2年生くらいまでは、かけっこや短距離走はクラスで最低のレベルであり、体育の成績はいつも5段階評価の”2″。運動では本当に惨めな思いをしていたものです。これがいやで、中学時代は体育の授業をさぼってトイレにこもったきり出ていかなかった記憶もあります。
そのせいか、どうしても私は運動が大好きで、体育の成績もいい長男に期待をかけすぎてしまいます。
彼は今日5試合に参加したのですが、全試合フォワードで出場しているので、ゴールの前でシュートを放つ機会がどうしても多くなります。私は自分で撮影したビデオをあとで見て恥ずかしくなってしまいました。お母さんたちの歓声に加え、私の叫び声がやたらと録音されているのです。ダメだった自分を否定した上で、理想のイメージを長男にかぶせてしまっているのかもしれません。
今、これを書きながら、私は彼をしっかり別個の人間と認めてあげる努力が足りないのではないか、という反省の念にとらわれています。もっと「親」として成長しなければなりませんね。

さて、16日には、彼が所属するサッカークラブのフェスティバルが催されます。ここでは、親子サッカーと称した、親対子供の練習試合が行われるんですね。実は私は昨年これに参加したのですが、普段の運動では「全速力でのダッシュ」「停止」「方向転換」というようなことの繰り返しをハードに行っているわけではないので、後半に入ったときめちゃくちゃきつくなってしまいました。
今年は、一段と成長した長男らと戦わなければならない! あと2週間でできるだけのコンディショニングを行っておこうと思います。

コメントは受け付けていません。

OSの欠陥に対する姿勢


2003
11.01

ちまたでは、よくWindowsの欠陥やセキュリティホールのことが話題になります。この場合、潜在的な脆弱性が多数残ったまま製品が出荷されることに対する批判が強調されることが多いようです

確かに、あれだけの頻度で問題が発見されれば、仕様や開発のさいの検討不足や検証不足が問われてもしかたがないでしょう。ですが、そのような脆弱性を突かれて問題が起こることについては、私はエンドユーザの責任も無視できないと考えています。
世の中には「完璧」「完全」なものは存在しません。単体では完璧でも、別の要素が影響すれば簡単に壊れてしまうものもあります。
WindowsのようなOSも同じ。だから、マイクロソフト社ではWindows Updateという機能を用意して、問題や脆弱性が発見されるたびに更新されたモジュールが提供されているのです。
脆弱性が発見されてから、それをつく攻撃やウィルスが生まれるまでに現状では多少のタイムラグがあります。それに対して、更新モジュールはもっと速く提供されていますから、エンドユーザが意識を高く持ち、Windows Updateを実行することで、現状では多くのウィルス被害や攻撃を防ぐことができることでしょう。
「私のパソコンは感染しても、たいした資料もないし被害は少ない」
と楽観的にお考えの方はご注意を。感染したあなたのパソコンが他の人のパソコンを攻撃した場合、何の対策もとっていなかったあなたはウィルス作者に荷担したも同然。その結果、加害責任を問われることがあるかもしれません。

さて、このような欠陥や脆弱性の問題は、何もWindowsだけに存在するものではありません。もちろん、私が使用しているMac OS Xにもそれは発生します。
Mac OS XにもWindows Updateと同等の「ソフトウエアアップデート」という機能が存在します。新機能を追加したり、脆弱性を修正する場合、Mac OS Xユーザはこの機能を使って迅速に更新モジュールを適用できるのです。

しかし、ここにきて更新モジュールの修正に対するマイクロソフト社とアップルコンピュータ社の根本的な姿勢の違いが浮き彫りになってきました。
マイクロソフト社の現状の最新OSはWindows XPシリーズですが、その前のOSであるWindows2000などのOSについてもきちんとWindows Updateにて更新モジュールを提供し続けています。
それに対してアップルコンピュータ社の脆弱性に対する姿勢が気になります。
実は、最近Mac OS Xの深刻なセキュリティホールが発見されました。これはマシン全体が乗っ取られる可能性があるというような、とても重要度の高いものです。
アップルコンピュータ社は、最新の有料アップデートパッケージであるMac OS X 10.3(Panther)でこれらの脆弱性を修正してリリースしました。しかし、それ以前の有料パッケージだったMac OS X 10.2.x(Jaguar)に対応するアップデートモジュールを未だに公開していないのです。10月25日に発売された10.3の製品版に間に合うような修正が、なぜ今になっても10.2以前のOSに反映されないのでしょう?
アップルコンピュータ社の
「脆弱性が心配なエンドユーザは皆、お金を出して10.3を買え!」
という魂胆が見え見えだ、と揶揄されてもしかたがないでしょう。
この問題については、さまざまなメディアで報道され、セキュリティ専門家の間でも
「セキュリティ問題解決のために129ドルの支払いが必要になるとはいかがなものか?」
という懸念の声が上がっていました。
これだけ大騒ぎになって、ようやく10月31日、アップルコンピュータ社は旧OSでのセキュリティ問題対応表明をしました。
今年の夏にはWindowsでセキュリティホールを突くウィルスが蔓延し、あれだけ社会問題になったというのに、アップルコンピュータとしては対岸の火事としてしか見ていなかったのでしょうか? その意識の低さには驚きを禁じ得ません。