エネルギー代謝を活かしたスポーツトレーニング (KSスポーツ医科学書)
八田先生の前著『乳酸を活かしたスポーツトレーニング』は非常に興味深い内容でしたが、この書籍ではより発展的な内容になっています。研究が進んで、新しい知見が得られたことによるものかもしれませんが、疲労物質ではないという乳酸の立場がより断定的に述べられるようになっていました。また、先生は「すべての運動は有酸素運動である」「無酸素運動なんてありえない」という主張をされています。
確かに、スポーツに関する専門用語は、一般に広まる際にマスメディアというフィルターを通すことによって、有酸素運動、無酸素運動、乳酸などについての情報があまりにも限定的になりすぎているように感じます。たとえば、乳酸は「疲労物質である」と書かれ、脂肪は「有酸素運動でしか燃えることはありえない」と紹介されたりします。しかし、これらの専門用語が持つ意味はそんなに限定的なものではないのです。エネルギー代謝のメカニズムとして、ATP-CP系、乳酸系、有酸素系というものがあるという話は有名ですが、一般に読まれるレベルの読み物だけでなく、一部の専門書でも、それらが単独に独立して働くのではないか、と思わせるような記述が往々にして見られます。おそらく八田先生はこの書籍でそういった誤った先入観を正していこうと思われたのかもしれません。
ただ、無酸素運動なんてありえない、という前に話のスコープをしっかり切っておかないと水掛け論になってしまうでしょう。また、anaerobic exerciseの訳として、無酸素運動という邦訳が正しいのかどうか、という点などもしっかり考慮しておくべきです。
一般的に、あるいは専門的に「無酸素運動」「有酸素運動」といわれるそれぞれの運動は、上記のATP-CP系、乳酸系、有酸素系のどれが主体となって、筋肉中のATPの再合成を担うか、それらがどの程度継続できる運動なのかなど、全く異なるものです。ですから、私自身はこれらを分類して整理することは必要だと考えています。ですから、「無酸素運動なんてありえない」というより、「よりわかりやすい正しい意味合いの言葉を考える必要がある」というほうが、私にとっては重要だと思っています。
また、本当に乳酸が疲労物質ではないのか、と断定するには、私にはこの本の内容だけでは情報不足の感が否めません。ただ、乳酸疲労説を置き換えるだけの疲労の原因について、この書籍で言及されていることは非常に価値があると思います。
多少のつっこみを入れてしまいましたが、それは私がこの書籍がそれだけ意味を持ったテーマを扱っていること、ここ数年で群を抜いておもしろかった読み物のうちの1冊である、ということを認めているからです。