大山倍達正伝

大山倍達 正伝

私が空手を始めた主な理由はブルース・リーの映画『死亡遊戯』を見たことによります。しかし、空手を始める時点ですでにブルース・リーが行っていた武術は空手ではないことを知っていましたし、彼がキックボクシングのようなスタイルでスパーリングを行っている写真も『魂の武器』を見て知っていました。このことから、武道を始めるに当たって空手が私にとって最適な武道なのか、という葛藤があったことも事実です。
しかし、父が買ってきてくれた極真会館の大山倍達先生による著作『わがカラテ 日々研鑽』を読むことで、改めて『空手』という格闘技への興味が広がり、「やはり空手を習うことにしよう」決めたのでした。その後、ブルース・リー同様、大山先生も私にとって大変大きな存在になっていったのです。

ところが、大山先生の古い著作を読んだり、『空手バカ一代』を読み進めるに当たって、私はいろいろな違和感を感じることになります。大山先生の超人的な逸話について、それぞれの資料で書かれている内容が若干、もしくは全然違うのです。さらに『空手バカ一代』については、あまりにも現実離れした逸話が登場しているので、これはいくらなんでも創作だろう、と思ったりもしていました。ですから、空手部の先輩が『空手バカ一代』の話で盛り上がっていても、私はどこか冷めた目で見ていたことは事実です。

こんなことがあって、成人してからは大山先生の本を読むこともなくなっていました。
しかし、最近になって自分の原点をよく考えるようになり、大山先生の著作をたくさん読んでいた頃のことを思い出し、改めて大山先生に対する興味が高まってきたのです。特に、この『大山倍達正伝』については発売前から多大な興味を持っていました。おそらく、この書籍では真実に近い大山先生の姿が描かれることだろうと。

全部で620ページに上る分厚い本ですが、これはものすごく資料価値の高い書籍でした。人間としての大山先生、空手家としての大山先生をそれぞれ別の著者がまとめた二部構成となっています。私は、大山先生と面識のない著者がまとめた第一部・つまり人間としての大山先生を描いた部分は非常に詳細で、彼の息づかいが聞こえてくるようでした。これは伝記物にありがちな脚色などが排除された、資料としての色彩が濃い書籍だと思います。
第二部のほうは、過去に伝えられた各種武勇伝の検証がありましたが、私が少年時代に感じていた矛盾を見事に解決してくれました。併せて晩年の大山先生のプライベートな姿をかいま見ることもできました。

今まで『伝説』の世界の住人だった大山先生ですが、私たちと同じリアルな世界で生きていた人だということを改めて知ることができました。私たち一般人の常識からは考えられない意識をお持ちの部分もあったようであり、読んでいる私も常に肯定的な態度をとっていたわけではありません。かといって、尊敬の念が減じたわけではなく、改めてすごい人だなあ、と思い直した部分もあります。

読み終わってこれだけ充実した気分になれたのは、本当に久しぶりです。

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