クリスマスツリー

ポタリングコースの昔の話

左手人差し指のシーネを外して1日半。普通に生活していても、キーボードを叩いていても違和感だらけですが、まあ仕方がない。人差し指は血行がよくなりすぎたのか、浮腫んだ感じになっていますし、キーボードに直接触るようになった指先はかなり敏感になっていて、痛みのようなしびれのような、微妙な感触があります。

まあ、それでもキーボードの打鍵ミスは少なくなっている感じですし、これから業務効率も上がっていくでしょう。

マルちゃん正麺味噌味

お昼はマルちゃん正麺 味噌味でした。今日日のインスタントラーメンのうまさには驚きます。

今日は年末の残作業の多くを片付け、ひとつのまとまった仕事に着手していますが、これもできれば明日までに終わらせておきたいと思っています。

クリスマスツリー

今日はクリスマスイブでした。仕事が終わる少し前に、ちょっとらしいことをしようかと家族と急遽決めました。

クリスマスツリー

ツリーのてっぺん近くにいるのは、次男。通っていた保育園で撮っていただいたものですが、なんか気に入っていて、未だに外せずにいます。

イタリアン

急だったので、料理はお気に入りのレストランの宅配ケーキは急遽、妻が調達してくれたみたいです。

うむむ。キーボードを叩いていて、左親指シフトキーと同時に打鍵しなければならない、”「れゃもゅぃや」”の各文字はかなり響きますね。特に、”やぃ”は指の先端で押すような感じになるので少々心配になります。まだ先端の骨は固まっていないですから、しかたがないのでしょう。

消えた神父を追え!

消えた神父を追え! BOACスチュワーデス殺人事件の謎を解く」も読了しました。「扼殺~善福寺川スチュワーデス殺人事件の闇 (祥伝社文庫)」が小説形式だったのに対し、こちらはルポライターが神父のその後を追うというドキュメンタリー。事実の描写には微妙な違いがありますが、どうしても逃げ得な感の神父に対しては、怒りが収まりません。いずれの書籍にしても、被害者の方についてはすごく献身的な真面目な人だったという証言があり、これから国際線のスチュワーデス(客室乗務員)としての前途が開けていたはず、と書かれており、残念でならない気持ちです。

当時の報道では、被害者が発見された場所について「宮下橋下流15m」とか「50m」と、記述にばらつきがありました。この「消えた神父を追え!」では、当時の2名の目撃者の証言から、被害者の発見された場所を特定しています。毎日のように利用する身としてはどうしても気になってしまう部分でしたが、過去の複数の報道写真と思われるものや、私が撮影した場所近辺で間違いないようです。

最後に、電子書籍の「黒い福音 (新潮文庫)」も読み始めています。「扼殺」にも書かれていたS会関係者の描写から始まり、両者同じような行動が書かれているのを見ると、実在した人物なのかもしれません。「黒い福音」はかなり長いので、読むのにもう少し時間がかかりそうではありますが。

2013年までは存在していた廃屋。事件当時は対岸が田んぼだったようで、ここも農家だったのかもしれません。おそらく1959年当時はここにも人が住んでいたのでしょう。

以前この近くでお目にかかった年配の女性に、「ここは男女の幽霊が出ることで有名な場所」と教えてもらいました。本当かどうかはわかりませんが、確かに昼間でも不気味な一帯で、実際私も練習中に高い木の上から男の声で話しかけられた経験をしています。

消えた神父を追え!」の近所の方の証言で、そのあたりは自○の名所だったというものがありました。当時は今と比べてもうっそうとした森だったそうで。

確かにここにも

これは2013年の写真ですけども、この木のひとつに、太い針金がぶら下がっていました。ずいぶん古いもののようであり、針金は太い枝に食い込んで埋まってしまい、取れなくなっていました。子供たちと来たとき、まさかそんな目的で使われたものではあるまいな、なんて話も冗談でしていたのですが、証言からするとその可能性も低くはなさそうで。

信じられないですが、当時の子供たちは競ってこの森に入り、そういう人を探して見つけていたそうです。交番に報告するとお礼にきれいな文房具をもらえたのが理由らしいのですが…。

書籍のテーマである事件についても、このような情景を見慣れていて、川に浮かぶ人を見てもあまり関心を持たなかったといいます。今とは違う時代の話ですね。

ここも、今の工事が始まる前までは毎週のように練習に使わせてもらっていました。

1959年と2020年ではずいぶんと景色が変わってしまいましたが、工事が完成するころにはさらに雰囲気が変わるのでしょう。その頃、まだ練習に使えるかどうかは分かりませんね。私も爺さんになっているし。

今回、思わぬことから60年前のことを調べることになってしまいましたが、今となっては知らなかったころに戻りたいような気もしています。これからおそらく、この辺りを通過するときはかなりの確率で意識することになるでしょうし。