Archive for 7月, 2009

Chase..


2009
07.29
一番最近のChase

一番最近のChase

Cannondale Chaseですが、もしかしたらフレームを換装するかもしれません。

フレームを換装するということは、もうChaseでなくなる、ということですが…。

Chaseは特定の要素で遊ぶにはそれはとても楽しいし高性能なバイクです。Prophetが入院している間は代わりに乗り倒そうと思っていました。しかし、いざProphetが入院してみると、全然乗っていない。公園に繰り出したのも1回だけか。もちろん目茶苦茶忙しい、という状況もあるのですが、それでもProphetが手元にあったら、週に最低2回は出かけていたと思います。Chaseだと公園まで行くのもなんか億劫になってしまうのです。やはり漕いでいて前に進む感じがしないのがストレスになりますね。写真の場所で落っこちたり、大きなドロップを飛んだりする場合はProphetより安定しているのですが、まずこの場所まで行くのにこのバイクはくたびれます。その点、Prophetはどんな乗り方でも無難にこなしますね。

最終的にどうするかはまだわかりませんが、実は中古のフレームを一つ入手予定です。まずはいったんそのフレームと換装してみようと思います。しかし、そのフレームはフルサスなので、またハードテールを失うことにはなりますね。まあ、その中古のフレームがきてから考えることにします。

さて、最近復活させたFMV-7000NA5ですが、あまりにも遅すぎる…。Norton 360が勝手に更新されて今だ一つ古いバージョンで動いていることは以前書きましたが、あまりに遅いので頭に来ました。ライセンスが余っているからもったいない、使おう、という考えでしたが、ESET4.0の新しいライセンスを購入して、Norton 360(V2)はアンインストールしました。

ESETに変更したら案の定早くなりました!実はこのエントリはFMV-7000NA5にて作成していますが、今バックグラウンドでESET Smart Security 4.0のコンピュータの検査を走らせています。

IME(Japanist 3.0)とFirefox 3.5.1の相性が悪いのか、バックスペースで文字を消すのが遅れ気味ですが、アプリケーションの起動とかは格段に早くなりました。まあ、CPUファンの音は相変わらずうるさいですが、コンピュータの検査処理が走っていなければもう少し静かなのではないかな?

それにしても、旧式ノート用の親指シフトキーボードの入力しやすいことよ。シフトキーと変換・無変換キーが独立していたFMR Notebookなんかはもっと入力しやすかったのですが、あのキーボードが現代にも残っているとうれしいところなんですけどね。

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Lime


2009
07.27

私が初めてフィットネス施設で働くようになったころ、エアロビクス・ブームが全盛を迎えようとしていました。ジムでトレーニングをしていると、となりのスタジオからLimeのUnexpected Loversがよく流れていました。その後、Bronski BeatのHit That Perfect Beatもよくかかるようになって、よく「ビンボー、ビンボー、暇なしビンボー」って、空耳していたものです。今もそうですが、当時も本当にビンボーでした。その後、Michael FortunatiのGive Me Upなんかがよくかかりました。これも「日比谷、おぉーぅ日比谷」って空耳してたなあ。

でも、フィットネス施設で生で聞いた最初の楽曲、Unexpected Loversが一番の思い入れがありますね。本当にそればかりがかかっていたような印象がある…。その後、そのバージョンはCDでは手に入らず、LPレコード(ブラックディスク)で入手しました。カセットテープに落としたりしていましたが、最近レコードプレーヤーを入手したので、ようやくデジタルデータ化できたところです。

しかし、今日iTunesを見てみると、Limeの各アルバムが販売されているではないですか! 普通の音質のものならそんなに食いつかなかったのですが、iTunes Plusという、倍のビットレートの高音質版です。このレベルだと、ER-4SやTRIPLE.FI 10 PRO, UM3X, E500PTHで聞いても私の耳ではCDと判別ができないくらいの音質はあるので(若干音がよく聞こえるように原音より調整されているかもしれません)、ほしくなってしまいました。

そこで、私がLPレコードで持っている2つのアルバム+Unexpected Loversの複数バージョンを納めたアルバムの3アルバムを購入しました。1500+1500+600の3600円なので、まあお買い得感はあります。また、私が知らないUnexpected Loversのバージョンがいろいろあって、楽しくなりました。

今、UM3Xで聞いていますが、やはり十分な音質です。全部このiTunes+バージョンで出してくれたら、まだほしいアルバムはいろいろあるんですけどね。最近のアルバムだったら、中古CD or 新品CDで買いますが、古いのは意外と見つけにくいんですよね。

すでにLPレコードから取り込んだバージョンもあるんですけど、Unexpected Loversに収録された”Are You Being Untrue Tonight”、これを聞くといつも「鹿児島」にいたときの風景を即時に、リアルに思い出すんですよね。しかもテレビの前に座って、お店か何かのCMを見ている風景。たぶんこの曲、鹿児島のローカルCMに30秒ほど使われていたと思うんです。ネットでいろいろと調べてみたのですが、鹿児島のCMがこの曲を使っていたという話を見つけることができないんですよねー。その代わりに西日本シロアリや鹿児島公務員専修学校のおもしろいCMを発見することができたのですが。鹿児島の今のローカルのCM、レベル高いですねぇ。鹿児島弁のイントネーションが若いこの間で今でも生きていると思うと、なんかうれしい気分です。

私自身は8歳の終わりまで種子島にいて、その後10年しか鹿児島市内にいなかったこと、両親が種子島弁を話していたことで、鹿児島弁は完全には根付かず、今は田舎に帰っても話すことができません。私にとってはやはりこれが残念なことです。

話を戻しますが、どなたか”Are You Being Untrue Tonight”を使った鹿児島のローカルCMを記憶されている方はいらっしゃらないですかね? たぶん1980年代前半のCMです。

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心配です


2009
07.27

本州西部~九州北部にかけて雨の被害が広がっています。私も被害の出る少し前に九州自動車道や山陽新幹線を使ったばかりでした。九州自動車道を走ったとき、山が近い場所ではかなり圧迫感を感じましたが、そのときには土砂崩れによる被害が及ぶ可能性など、考えてもいませんでした。

鹿児島からの帰り、本州でも雨が降り始めていて、その翌日には大きな被害が出ていました。とても心配です。被害地域の皆様にはお見舞い申し上げます。またその周辺にお住まいの方々もくれぐれもご注意ください。

このブログにも書いたことがあると思うのですが、私自身大水害に巻き込まれたことがありました。1982年に起こった「長崎大水害」です。

私たちはこの日、長崎県で開かれた全九州高等学校空手道選手権大会に参加していました。この年は団体型での参加だったのですが、3位を勝ち取って、上機嫌でホテルまでの帰りのタクシーに乗り込みました。タクシーに乗ったとたんものすごい雨が降り出しました。ものすごい雨だとは思っていましたけど、そのときは気にもとめませんでした。

ホテルに着いて少し休んだあと、祝勝会に出ようとしたら、ホテルの従業員の方に慌てて制止されました。「今、市街地にものすごい被害が出ている」というのです。雨が降り始めてからそんなに時間が経っていないのに? 一足先に祝勝会に出た優勝チームはすでに市街地の喫茶店にいたらしいですが、あとで聞いたら窓の外の水位がどんどん上がってきて生きた心地がしなかったそうです。出るに出られなかった、ということでした。

そのあとも時間あたりでは歴代1位の降水量となるような降り方だったのですが、私たちのホテルは高台にあったことで直接的な難は逃れました。その後停電となりましたが、ラジオを聞いていると、すでに死者や行方不明者が出ているということで、ことの重大さがわかってきました。

この豪雨は多大な被害をもたらしました。翌日は晴れたのですが、ホテルに食料が届かないということで、私たちは市街地に出ました。ここで目の当たりにしたのはまさしく地獄の光景でした。道路はトラックやバスなどの大型車両までが流されたり転がったり川に突っ込んだりしていて、たくさんの魚が打ち上げられていました。地下の飲食店などは地上の入り口まで完全に水没していたので、中の人が事前に避難してくれていることを祈ってやみませんでした。あの眼鏡橋も流出してしまったそうです。

そのときの模様は今でもリアルに脳裏に浮かび上がります。写真による記録もいくつかのサイトで公開されていますが、そこには私がかつて見た光景がそのまま記録されており、未だにパニックを起こしそうになります。

スーパーなどはほとんどが水没して売り物にならなくなってしまったといいます。それでも私たちは食べられそうなものを買いました。その後ホテルにはボランティアの方々の炊き出しが届き、私たちは助けられました。もう一泊しましたが、陸路が回復せず、帰りは福岡空港まで回って空路で鹿児島まで帰りました。チャーターしたバスから見たあちこちに見られる崖崩れの様子はきっと一生忘れられないでしょう。

このような経験から、毎年起こる水害については人ごとではありません。どうかこれ以上被害が広がらぬよう、祈るばかりです。

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杉並区だとこんな感じ


2009
07.23

昨日は日本の陸上では46年ぶりの皆既日食でした。次の皆既日食までは26年もあるそうですから、この機会に里帰りして種子島あたりで、と思っていたのですが、果たせませんでした。18, 19で鹿児島に帰ったので、ちょっと延泊して、なんてことも考えたのですけどね。

それでテレビでの鑑賞(観察?)になったわけですけど、その瞬間には本当に真っ暗になるんですね。あいにく天候はよくなかったようですが、奄美大島ではかなり観察できたみたいですね。

杉並区から見た部分食

杉並区から見た部分食

東京だと部分食です。TV鑑賞が終わったあと、外に出て雲が切れる瞬間を待っていましたが、完全に雲がなくなることはありませんでした。もっとも、完全に雲がなくなると肉眼で太陽を見ることができなくなるでしょうが…。

しかし、時々雲が薄くなることがあり、そのとき見事に部分食となった太陽の姿を肉眼で拝むことができました。すかさずiPhoneで撮影したのが左の映像です。実物大に拡大すれば、何とかその形が確認できると思います。

その後、長男にデジカメを持ってきてもらったのですが、撮影までにはまた太陽が姿を消してしまいました。このため、より高解像度での撮影は残念ながらできませんでしたね。しかし長男も、曇る直前の太陽のこの姿を拝むことができたようでよかったです。

26年後なら彼は改めて日食を見る機会もあるでしょう。しかし、私はどうだろう。今の父母と同じくらいの年齢になっている位なので、無茶しなければ大丈夫かな?

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1990年代前半は


2009
07.22

GyaO Nextで「高校教師(1993)」を見ていたら、羽村先生(真田広之さん)が自宅で仕事を始めました。この時代はノートパソコンじゃなくて、ワープロだったりするんですね。そういえば、私もこの頃はワープロで仕事をしていましたね。

しかも、羽村先生のワープロは富士通のオアシス(OASYS)です。私が当時持っていたのも、オアシスだったなあ。OASYS 30 AX-401だったと思います。もちろん、親指シフトモデル。

FMV-S8360の親指シフトキーボード

FMV-S8360の親指シフトキーボード

ん、じゃ、もしかして。羽村先生のワープロを巻き戻してみてみると、そう、彼のラップトップワープロも、親指シフトモデルでした。すごい。この頃は親指シフトキーボードが堂々とドラマに登場していたのか。

私が初めて親指シフトキーボードに触れたのは、1988年、ティップネス渋谷店のスタッフルームでしたね。そこには5インチフロッピィ対応の、当時でも「古い」型の業務用オアシスが置いてありました。黒いスクリーンに緑の文字だったような気がします。そこで資料を作らなければならない、という話になったとき、とても打ちにくいキーボードだなあ、と思ったことを覚えています。それが今ではヘヴィな親指シフトユーザーになってしまいました。

最近は勝間和代さんが著書で紹介してくださったこともあってか、親指シフトユーザでない方が親指シフトキーボードに触れたブログなども見かけるようになりました。

親指シフトキーボードはノートや外付けを問わず、年式が新しくなるたびに従来の見た目が少しずつ失われています。以前は親指シフトキーと変換・無変換は独立しているのが普通でしたが、ノートはかなり昔に共用になりましたし、外付けもUSBタイプは共用になりました。今後はこれが主役になっていくでしょう。また、親指キーも昔はほかのキーよりかなり高くそびえ立っていたのですが、最近のは低いです。ドラマや映画で出てきても、注意して見ないと判別は難しいかもしれませんね。

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気がつけば4週間


2009
07.22
オーバーホール前のCannondale Prophet

オーバーホール前のCannondale Prophet

わがCannondale Prophet 1000(2005)は、入院より4週間も経過してしまいました。1ヶ月も目の前ですが、まだまだかかるのかなあ。

梅雨の時期はオーバーホールの依頼も多いようです。そんなこともあって、Lefty Maxの修理に時間がかかっているのではないでしょうか? Cannondale Japanさんは社員数はそんなに多くないので、おそらくエンジニアの数も限られるでしょう。オーバーホールの依頼が集中すると、どうしても時間がかかってしまうでしょうね。Leftyも簡単なオーバーホールなら、ショップさんでやってしまわれることもあるようです。

あるいは、故障とかになると海外に送られたりするのでしょうか?

右はオーバーホール前のCannondale Prophetです。シフトケーブルは交換になると思うので、今ついているシルバーのものとは変わってくると思います。

ホイールは前後とも微妙にぶれが出ていたので、今回のオーバーホールでまっすぐになって帰ってきてくれるでしょう。チェーンもずいぶん長く使っていますが、交換になったりするのかな?

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36年


2009
07.20

今日は、ブルース・リーさんが亡くなって36回目の命日でした。いまでも普通に映像とかを見られるので、普通に生きている人のように感じて仕方がないのですが、よくよく考えれば36年も前に亡くなっているのですね。

36年前の今頃は私は8歳になる少し前くらいで、8歳になったばかりの私の次男坊と同じくらいの年だったわけです。小学校2年生のときの担任の先生がとても若くて美人な先生で、私を含むクラスメイトがみんなで「結婚したい」とマジにつぶやいていたのを思い出します。それは本当に「昔」の思い出であり、ブルース・リーさんが亡くなったのはその「昔」のはずなのに、なんだか信じられない気持ちですよ。

今日はyoutube.comでブルース・リー先生のデモンストレーション映像や、詠春拳関係者の映像などを片っ端から見ていましたが、彼の速さはやはり別格ともいえるものがあります。今日見た動画においては、彼に近い速さで打つ人もいましたし、連打で言えば彼を上回るスピードでデモンストレーションする人もいました。しかし、正確さと当たったときに効くだろう、という見方をすれば大きな差を感じました。速さだけで言えば、私も6秒間で50発近くのパンチをボクシング用のヘヴィバッグにたたきつけることはできました。なぜ6秒かというと、ブルース・リーが「実戦は6秒以内でカタをつけなければいけない」というようなことを言っていたと何かの本で読んだからですが、私のその50発近いパンチでは格闘になれた人は倒せないと感じました。その速さで打つと、正確さと威力が犠牲になってしまったからです。それにたいして、ブルース・リーが残した武道大会会場でのデモンストレーション映像は、剛も柔も高度にバランスがとれた動きを見せているように感じます。

特に、防具をつけたフルコンタクト・スパーリングにおいては、カウンターの取り方が極端にうまいな、ということを改めて感じました。相手が動き始めたと思ったら、ブルース・リーのパンチが確実に相手のあごをとらえてしまうのです。現在残っているデモンストレーションでは、ほとんど相手の攻撃を待ってのもので自分から仕掛けるような動きをしていません。そう見えても、実際には相手の攻撃の意志をとらえて、相手が攻撃態勢をとる直前に(攻撃の気配を察知して)自分の攻撃を届かせる、というようなものだったりします。日本武道では「後の先」「先の先」という言葉がありますが、そういったものを彷彿させる感じですね。ブルース・リーの弟子の何人かが「彼は相手の攻撃を事前に察知して、9割方は事前に言い当てることができた」と言っていますが、すごく観察力があったのかもしれませんね。ただ映像が悪いので、あまり細かい部分が見えません。思ったよりお弟子さんの攻撃がテレフォンなのかもしれません。この映像はものすごくきれいなプリントが残っているそうですから、いつか正式に公開されてほしいと思う次第ですね。

また、この映像でブルース・リーのカウンターがおもしろいように決まるのは、相手が弟子であり、普段から弱点を観察している上に、実力面で大差があってこのような結果になっている可能性もあります(といっても、そのお弟子さんが有名な流派の高弟だったりするのですけれど)。最近、魔裟斗選手とHIROYA選手のエキシビションマッチを見ましたが、やはり同じような結果になりましたよね。ブルース・リーには当時のカラテチャンピオンクラスの方々とのスパーリングの話やインタビューも残っていますが、1960年代-1970年代初頭当時のアメリカンカラテアスリートのレベルからすると、ブルース・リーはかなりスパ抜けていた可能性が高いです。

映画で無敵のヒーローを演じてしまったこと、そして人気のピークで亡くなってしまったことでその実力が伝説化している部分はあると思いますが、私自身は彼の身体能力と実力にものすごさを感じます。私は彼の影響で武道を始め、未だに影響を受け続けています。永遠の「師匠」なのです。

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やっぱりUEいいなあ


2009
07.20

土曜、日曜と福岡、鹿児島に行っておりましたが、私のお供をしてくれたイヤホンは、最新のWestone UM3xではなく、Ultimate Ears TRIPLE.FI 10 PROでした。

やっぱりこいつはいいですよ。単純に私の感想ですけど、これは「オーディオ製品っぽい音(私の場合だと1990年代初期に10万円半ば程度で買えたミニコンポというイメージ??)」がして気分がいいからです。Westone UM3xは、そういう音とはだいぶイメージが違う気がします。ちょっと大げさかもしれないけど、UM3Xはボーカルは出てるけど、そのボーカルまで人の声じゃなく楽器の音のように私は感じてしまうのです。

やっぱり私はUEの音が好きみたい。UE(Logitech)から3Wayタイプなんかが出てしまったら、きっと買うことになると思いますねー。でも、ダイナミック型も一つほしくてSenhheiser IE8なんかもいいなあ。HP-V99があるからいいか。あっ。これは早く修理をお願いしないと。

そういえば、このまえemobile契約しに行ったときに、ヘッドホンコーナーを視聴してきました。

このヘッドホンコーナーでは以前も視聴したことがあるのですが、イヤホンの10 PROやAIWA HP-V99と比べ、飛び抜けてすごい音質のものがなく、むしろ10 Proのほうがいい音に聞こえたりしたものですから、あまりほしいとは思いませんでした。そのときは私が聞きたかったSenhheiser HD650がなく、代わりにHD595を聞きましたが、10 PROで十分と私は納得しました。

しかし、emobile契約時に視聴しに行ったときには、HD650が置いてあったのです。これを手にとって聞いてみると、スゴかった。やっぱりヘッドホンはすごいと改めて納得した次第です。これについては本当にほしくなりましたね。

でも、HD800なんてのも出る(出た?)みたいですね。ヘッドホン+ヘッドホンアンプ、ほしいなあ。

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GIANT XTC 20到着


2009
07.20

鹿児島の実家を出る直前、次男のMTBを注文したショップから「GIANT XTC 20が届きました」という連絡をいただきました。

実はこのバイクを明日実戦投入する予定が前からあり、何とか今日までに来てくれればいいね、と言っていました。ぎりぎり間に合ってくれてよかったです。

実戦投入、といってもサッカー練習試合にいくための足として、ですが。今回新しいバイクを購入した理由も、試合会場まで行く自転車としては、GT MACH ONE JUNIORという幼児車ではさすがについて行くのが厳しいから、というものでしたし。

ただ明日はなれない自転車なので、無理をさせないようにしないと、ですね。

さて、私は鹿児島にいてとりにいけないので、代わりに妻が行きました。地上高60cmと言っていたので、足がつかないのではないかとちょっと心配でしたが、実際には余裕があるようで、むしろこぎやすくするために、かかとが浮く程度の高さに設定してもらったようです。ただ、次男はバイクの乗り降りが不安定ですので、ちょっと注意させなきゃいけません。

002

GIANT XTC 20 (2009) & SCOTT CR1 Team Compact (2008)

私が東京に着いたのは0:00前くらいでしたけど、MTBは今日は玄関に入っていました。奥に見えるのが私のロードバイク、SCOTT CR1 Team Compact(2008)で、手前のがGIANT XTC 20です。実車をみたらめちゃくちゃかっこよくて、私が惚れました。

妻に入手したときの状況を聞きましたら、次男はめちゃくちゃ喜んでいたようです。帰り際に駐輪場をのぞいたら置いていなかったので、どうしたのかな、と思っていたら、室内に上げていたんですね。

よし。Prophetが戻ってきたら、一緒に公園行って、遊ぼう(私も乗りたい…)。

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九州縦断


2009
07.19
昨日、祖母の葬儀に参列してきました。103歳という年齢から、存命の友人などがあろうはずもなく、親戚のみの小さな葬儀となりました。
祖母は私自身はもう10年以上も会っていなかったのですが、103歳よりずっと若く見えました。
5年前に亡くなった祖母と同じ火葬場で荼毘に付されましたが、今回は葬儀社と火葬場が遠くて、さらに場所がわかりにくいため、霊柩車がさまよう有様でしたが、葬儀社自体はとても丁寧でよかったです。昨年亡くなった種子島の祖母の葬儀のときは、もう少し祖母の化粧など何とかならなかったのか、という不満が残りましたので、故人のことを考えれば葬儀社選びも重要だな、と思いました(ちなみに私には祖母が3人いました)。
今回亡くなった最年長の祖母は私が幼稚園くらいのころに3年と少しの間、種子島で同居していました。当時父母は共働きだったので、この祖母には大変お世話になっています。昨年亡くなった種子島の祖母はすごく優しい感じの人でしたが、今回亡くなった祖母はもっと豪快な感じだったと思います。弟も、「すごく生命力を感じる祖母だった」と言っていましたが、確かに生に対する執着はすごくあったのではないかと思います。103歳という高齢にもかかわらず、まだまだやりたいことを残していたのではないかな、と私は思っているのですが、そういうところがすごく尊敬できる人でした。
安らかに眠ってほしいと思います。
その後とんぼ返りするつもりでしたが、時間が延びてしまったこと、今年は家族を連れて里帰りする余裕がなさそうなことから、親戚と一緒に車で鹿児島まで帰り、一泊することにしました。
九州自動車道を走る際には、普段はあまり外の景色を楽しむというようなこともありませんでしたが、赤が好きさんやNさんが熊本在住ということで、今回は景色を楽しみながら帰りました。
九州自動車道を走っていると、遠くに海や山が見え、大変すばらしい景色です。あんな感じのところをMTBで走ったら楽しいだろうな、とか勝手に思っていたのですが…。南にいくにつれ山が近くなってきて、ちょっとMTBで走るのは難しいだろうな、というような場所ばかりになってきました。所々「本当の」崖も見えます。
熊本はMTBばかりではなく、ロードや普通のクロスバイクでも楽しめる場所がいっぱいあるそうです。今度はMTBを持ってきて楽しんでみたくなりました。
さて、鹿児島ですが、私の実家はemobileはサービス提供エリア内だったのですが、なぜか常に圏外でした。でも逆にPCから離れて過ごせてよかったかも。
鹿児島まで来たので帰りはさすがに飛行機にしようかと思ったのですが、昨年種子島の祖母が亡くなったときは九州新幹線に乗りました。なんか今回も九州新幹線とリレーつばめに乗りたくなって、鹿児島中央駅から帰ることにしました。
本当は鹿児島中央駅で「ざぼんラーメン」を食べて帰ろうと思ったのですが、アミュプラザの地下のレストラン街は混んでいて、「ざぼんラーメン」は満席で人も並んでいました。全国区で有名な鹿児島「こむらさき」が隣にあったのですが、こちらも外に並んでいます。私は鹿児島ラーメンの中では「ざぼんラーメン」が一番好きで、鹿児島に帰ると必ず「しろくま」と「ざぼんラーメン」は食べることにしています。しかし、今回は滞在時間も短かったし、仕方がないかな、とあきらめました。まあ、昨日宮原PAで熊本ラーメンと高菜チャーハンを食べたので、それでよしとしましょうか。PAにしてはおいしいラーメンだったと思います。

昨日、祖母の葬儀に参列してきました。103歳という年齢から、存命の友人などがあろうはずもなく、親戚のみの小さな葬儀となりました。

祖母は私自身はもう10年以上も会っていなかったのですが、103歳よりずっと若く見えました。

5年前に亡くなった祖母と同じ火葬場で荼毘に付されましたが、今回は葬儀社と火葬場が遠くて、さらに場所がわかりにくいため、霊柩車がさまよう有様でしたが、葬儀社自体はとても丁寧でよかったです。昨年亡くなった種子島の祖母の葬儀のときは、もう少し祖母の化粧など何とかならなかったのか、という不満が残りましたので、故人のことを考えれば葬儀社選びも重要だな、と思いました(ちなみに私には祖母が3人いました)。

今回亡くなった最年長の祖母は私が幼稚園くらいのころに3年と少しの間、種子島で同居していました。当時父母は共働きだったので、この祖母には大変お世話になっています。昨年亡くなった種子島の祖母はすごく優しい感じの人でしたが、今回亡くなった祖母はもっと豪快な感じだったと思います。弟も、「すごく生命力を感じる祖母だった」と言っていましたが、確かに生に対する執着はすごくあったのではないかと思います。103歳という高齢にもかかわらず、まだまだやりたいことを残していたのではないかな、と私は思っているのですが、そういうところがすごく尊敬できる人でした。

安らかに眠ってほしいと思います。

その後とんぼ返りするつもりでしたが、時間が延びてしまったこと、今年は家族を連れて里帰りする余裕がなさそうなことから、親戚と一緒に車で鹿児島まで帰り、一泊することにしました。

007九州自動車道を走る際には、普段はあまり外の景色を楽しむというようなこともありませんでしたが、赤が好きさんやNさんが熊本在住ということで、今回は景色を楽しみながら帰りました。

九州自動車道を走っていると、遠くに海や山が見え、大変すばらしい景色です。あんな感じのところをMTBで走ったら楽しいだろうな、とか勝手に思っていたのですが…。南にいくにつれ山が近くなってきて、ちょっとMTBで走るのは難しいだろうな、というような場所ばかりになってきました。所々「本当の」崖も見えます。宮原PAで熊本ラーメンをいただきました。この宮原PAには大きな水車がありましたね。

006熊本はMTBばかりではなく、ロードや普通のクロスバイクでも楽しめる場所がいっぱいあるそうです。今度はMTBを持ってきて楽しんでみたくなりました。

さて、鹿児島ですが、私の実家はemobileはサービス提供エリア内だったのですが、なぜか常に圏外でした。でも逆にPCから離れて過ごせてよかったかも。

鹿児島まで来たので帰りはさすがに飛行機にしようかと思ったのですが、昨年種子島の祖母が亡くなったときは九州新幹線に乗りました。なんか今回も九州新幹線とリレーつばめに乗りたくなって、鹿児島中央駅から帰ることにしました。

本当は鹿児島中央駅で「ざぼんラーメン」を食べて帰ろうと思ったのですが、アミュプラザの地下のレストラン街は混んでいて、「ざぼんラーメン」は満席で人も並んでいました。全国区で有名な鹿児島「こむらさき」が隣にあったのですが、こちらも外に並んでいます。私は鹿児島ラーメンの中では「ざぼんラーメン」が一番好きで、鹿児島に帰ると必ず「しろくま」と「ざぼんラーメン」は食べることにしています。しかし、今回は滞在時間も短かったし、仕方がないかな、とあきらめました。まあ、昨日宮原PAで熊本ラーメンと高菜チャーハンを食べたので、それでよしとしましょうか。PAにしてはおいしいラーメンだったと思います。

鹿児島中央駅に無線LANルームがあったので利用してみました。しかし、コンセントに電源が来ておらず、いくらなんでもさびしいなあと、と思いました。ほかに利用する人はいなかったし、中のほうが涼しいので新幹線到着までの間、この部屋の中で過ごしました。

九州新幹線に乗っている時間はわずかです。リレーつばめに乗り換えて、博多でのぞみに乗り換える形になります。九州新幹線が走る鹿児島中央-新八代の区間は非常にトンネルが多く、あまり景色を楽しむことができませんでした。また、特急リレーつばめも西側に座ってしまったため、常にブラインドをおろしていて、曇りっぽい天候になるまで景色を楽しめませんでした。

さて、これを書いている現在はまたのぞみ号の社内です。ちょっと贅沢ですが今日もグリーン車にさせてもらいました。結構グリーン車の利用者もいますね。普通だったら私も使わないけど、急ぎの仕事を継続しなければいけないようなときには便利ですね。

いま、ここを書いている時点でちょうど関門トンネルをくぐっている最中ですね。ネットの接続当然ですが切れます。ここから新大阪まではトンネルも多く電波の途切れるところが多かったのですが、ネットには要所要所でつながればよいので、のぞみ内でのemobile接続は思ったよりも快適ですね。新大阪-東京間は下り2Mbpsの無線LANサービスもあります。