そうか。今年はそういう年だったんだ。
絶対に行かなければ、です。
ブルース・リーも生きていれば今年で70歳なんですね。もう古希なんです。32歳であの完成度の武術を体現していたわけですから、70歳まで生きていたら、すごい達人になっていたかもしれません。
ちなみに私の両親も今年で70歳になります。同じ辰年生まれで、ブルース・リーの同級生なんですね。ブルース・リーが11月27日生まれ、父はちょうど1ヶ月後の12月27日生まれになります。母もちょうどではありませんが、ブルース・リーの約1ヶ月前、10月29日生まれ。私の両親の誕生のちょうど真ん中にブルース・リー先生が挟まれていらっしゃるわけなのでした。
こういう年に会社を起こした、というのも何かの縁なのかも、なんて。
ブルース・リーは私の人生に大きな転機を与えた人だと言えます。私は子供の頃から中学生頃まで、将来は「画家(時々漫画家)になるための勉強をして」「画家(時々漫画家)になるんだ」というかなり明確な目標を持っていたし、両親も私がそういう道に進むのだろうと確信していたようです。しかし、中学2年生のときに見た「死亡遊戯」でブルース・リー・ショックをまともに食らってから、人生設計が全く変わってしまったのです。つまり、当時の私は、私が持って生まれた最も得意な能力を伸ばすことを止めて、最も苦手な分野の能力を伸ばすことを選んだのでした。
これが私にとって良かったのかどうかは神様のみが知ることだと思いますが、正直複雑な気持ちではあります。ブルース・リーに出会ったとき、それまで揺るぎなかった将来の目標を捨てなかったら、少なくとも今と異なる自分がいたのだろうし、少なくとも今よりはスムースな人生を送ってきたのではないだろうか、と。
実際、不向きな道に進んだことで(私の当時の体育の成績は5段階評価の2でした…)、普通の人レベルに追いつくのも相当な時間がかかりました。部活動から帰っても、私だけは自宅でもう一回復習をしておかないと、次の日の練習についていけません。その練習量の多さで、最終的に何とかみんなについて行くことができましたけど、ピークでも地方大会レベルでのアスリートにしかなれませんでした。もし、自分に不向きなほうを選ばずに、そこまで順調に勉強してきた美術のほうへ進んでいたら、どうなったのか? 得意分野だけに、もしかしたら、今の自分よりもう少し高いところまで行けたのか? もちろん、普通科の高校で常にトップの成績だったとは言え、美術の世界の奥深さから考えればそれは難しかったかもしれません。でも、やっぱりあのまま進んでいたら、と考えてしまいます。
反面、あのときブルース・リーに出会っていなかったら、私の中に眠っていたもっと原始的な闘争心に気づくことができなかったかもしれないし、今の家族とも出会うこともなかったでしょう。少なくともそれまで、自分には全く不向きと思われたことに取り組むことによって、自分の違う面を引き出すことができたということは言えるかもしれません。
だからこそ、過去の自分、今の自分、そして未来の自分のことを見直したり、考えたりすると、とても複雑ですね。もう不惑も過ぎているのに。
最終的に私がブルース・リーの影響を受け、30年も前に方向転換して今の自分の生き方を選びました。今回のブルース・リーの生誕70周年の記念イベントは今の私を見直すきっかけになりそうな気がしています。今の私の見直しは将来の私に大きな影響を与えるでしょう。今年は私にとっては、30年前の方向変換に匹敵するような変化のある年になるのかもしれません。どうなるにせよ、自分の完成度を高めたいと、そう思っています。






























